大判例

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東京高等裁判所 平成元年(ネ)4234号 判決 1992年1月29日

控訴人

大澤桂子

大澤章

岡部夏子

右三名訴訟代理人弁護士

澤野順彦

被控訴人

小川久恵

右訴訟代理人弁護士

小川景士

井坂光明

主文

一  控訴人らは、被控訴人に対し、金五九万一〇〇〇円を支払え。

二  原判決主文第一項のうち、昭和六二年九月一日以降の賃料に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人が控訴人らに対し賃貸している原判決別紙物件目録記載の建物の賃料は、昭和六二年九月一日以降一か月五万二〇〇〇円であることを確認する。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その三を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び当審における変更後の訴えにつき請求棄却の判決を求め、被控訴代理人は、当審において、昭和五八年一〇月一日から昭和六二年八月三一日までの賃料につき、原審における確認の訴えを給付の訴えに交換的に変更して主文第一項同旨の判決を、同年九月一日以降の賃料につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、当審における訴えの変更による主張の付加、訂正、適正な賃料額についての控訴人らの主張の付加を次のとおり行うほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(当審における訴えの変更による付加、訂正)

一  原判決三枚目表七行目末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

「8 控訴人らは、昭和五八年一〇月以降昭和六二年八月までの賃料として、昭和五八年一〇月分については二万円を支払い、同年一一月以降昭和六〇年一〇月までの各月については二万二〇〇〇円を、同年一一月以降昭和六二年八月までの各月については二万三〇〇〇円をそれぞれ供託したから、4項記載の増額の意思表示にかかる賃料の範囲内である右期間の相当な賃料額一か月三万五〇〇〇円と、右支払ないし供託額との差額は、合計五九万一〇〇〇円である。」

二  同三枚目表八行目の「8」を「9」に、同九行目の「請求の趣旨記載の」を「、右相当賃料額との差額合計五九万一〇〇〇円の支払と、同年九月一日以降の賃料につき、7項記載の増額の意思表示にかかる賃料の範囲内である一か月八万三〇〇〇円であることの」に改める。)。

三  同三枚目表末行の「及び6」を「、6及び8項のうち三万五〇〇〇円が相当な賃料額であること」に改める。

(適正な賃料額についての控訴人ら代理人の陳述)

一  昭和五八年一〇月一日当時の適正賃料について

原審における鑑定は、地代家賃統制令に基づく統制家賃を算出し、これに実態調査により認められる統制令対象の借家の実際家賃と統制家賃との倍率を乗じたものを、当時の適正家賃としている。しかし、右時点における統制家賃については、同令五条二項に基づく、昭和五五年建設省告示第一八四四号による改正後の「地代家賃統制令による地代並びに家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額等を定める告示(昭和二七年建設省告示一四一八号、以下「昭和五五年改正告示」という。)により算出すべきであるのに、前記鑑定においては、昭和五八年一二月二三日公布の告示(昭和五八年建設省告示第二〇四二号)による改正後の前記告示(以下「昭和五八年改正告示」という。)によって算出しており、右鑑定の結果が誤りであることは明らかである。そうすると、右鑑定の算出方法によったとしても、適正賃料は、一か月三万三六三五円である。

二  昭和六二年九月一日当時の適正賃料について

右第一の時点における適正賃料額を基にしたスライド方式による試算額は三万七四八三円、実態調査による試算額は四万九八七三円であり、両者をほぼ相加平均した額である一か月四万三六八〇円が相当である。

(証拠関係)

証拠関係<省略>

理由

一請求原因1、2、4、5及び7の各事実は、当事者間に争いがない。

二<書証番号略>によれば、本件建物は、昭和五八年一〇月一日当時、地代家賃統制令(昭和六一年一二月三一日失効)の適用を受ける建物であったことが認められる。しかし、右適用のある時点における賃料についても、裁判所は、同令の趣旨を尊重し、統制額を考慮に入れた上で、統制額を超えて適正な額を定めることができると解される。

三そこで、本件各増額請求時における従前賃料を不相当とする事情について検討する。

1  <書証番号略>によれば、本件建物は、昭和一九年四月以降賃貸されているところ(敷金六〇円の授受がなされた。)、その一か月当たりの賃料は、東京簡易裁判所の調停により、昭和四〇年一一月以降三六四〇円となった後、被控訴人から数次にわたって増額の意思表示がなされ、控訴人らは、昭和四八年一二月からはこれに応じ、一万二六〇八円(当時の地代家賃統制令による統制額)を支払ってきたが、その後なされた三万円とする旨の増額の意思表示に対しては、昭和五四年七月以降二万円を支払ってきたことが認められる。

2  以上の事実及び弁論の全趣旨によると、従前の合意時点以降右増額の意思表示の時点までの間に、土地の価格を含む諸物価が相当程度上昇し、土地に対する公租公課も増額され、昭和五八年度の本件土地建物の固定資産税、都市計画税の合計額は七万七一四八円、昭和六二年度のそれは九万四九三二円となり、従前の賃料は不相当となったものというべきである。

四昭和五八年一〇月一日時点の賃料について

1  弁論の全趣旨によれば、本件建物は、JR山手線目白駅から六四〇メートルほどの閑静な住宅街に位置し、幅員約六メートルの公道に面するいわゆる庭付きの平家建て住宅であるところ、原審鑑定書の記載及び当審証人大河内一雄の証言によれば、原審鑑定人は、本件建物は相当古く建築、賃貸された前示のような住宅であって、本件賃貸借につき利回り方式や差額配分方式で相当な賃料を算定するのは困難であり、従前の賃貸借の経緯からスライド方式も適切でないとした上、本件建物の昭和五八年一〇月一日当時の賃料は、建設省の昭和五八年度実態調査によると、実際家賃の一平方メートル当たりの金額が、三大都市平均で統制家賃のそれの1.63倍であることを斟酌して、昭和五八年改正告示により算出した本件建物の統制家賃額に1.6倍を乗じた額とするのが相当であるとしている。

2  本件の諸事情に鑑みれば、右鑑定人の採用した手法自体は相当であり、地域要因等本件建物の個別的要因に照らせば、右倍率も概ね相当ないしはこれをやや上回るものということができる。しかし、昭和五八年一〇月一日当時の統制賃料については昭和五五年改正告示が適用され、また、右算出の基礎とされた公租公課の額についても誤りがあることから、右鑑定の結果をそのまま採用することはできない。

そこで、昭和五五年改正告示に基づき、弁論の全趣旨によって認められる昭和五八年の固定資産税額及び都市計画税額により統制家賃を算出すると、別紙1の計算により一か月二万一〇二二円となる(これを1.6倍すると三万三六三五円となる。)。そして、右増額の意思表示後まもなく適用されることとなった昭和五八年改正告示による算定方式に前記税額をもって統制家賃を算出してみると、別紙2の計算により一か月二万四〇〇六円となること(これを1.6倍すると三万八四〇九円となる。)や前記倍率を斟酌すると、昭和五八年一〇月一日時点の賃料は、一か月三万五〇〇〇円をもって相当とする。

3  控訴人らの抗弁が理由のないことは、第二項記載のとおりである。

五昭和六二年九月一日時点の賃料について

1  原審鑑定人は、右時点の賃料について、賃貸事例比較法による比準賃料八万七一〇〇円をもとに、建設省住宅局の地代家賃統制令失効直前の調査による東京都区部の昭和二五年以前に建築された建物の平均実際家賃1250.6円(一平方メートル当たり)に、時点修正(一〇〇分の一〇三倍)と個別格差による修正(本件建物の周辺環境や相応な庭を備えていることなどの住環境を考慮し、一〇〇分の一三〇を乗じている。)を加えて試算した賃料七万八九〇〇円を考慮し、八万三〇〇〇円をもって相当とし、昭和五八年一〇月一日時点の賃料との格差が大きいことも、その間に地代家賃統制令廃止があることを考慮すればやむをえないとしている。

2  しかしながら、右の賃貸事例三例は、いずれも建物の建築及び賃貸年次が昭和五〇年代以降のものであり、うち二例は共同住宅であって、本件建物とは賃貸の事情等を異にするにもかかわらず、右鑑定書の記載や当審証人大河内一雄の証言によれば、比準の過程においてその点が十分に考慮されているとはいいがたい。<書証番号略>によれば、実際には建物の建築時期や賃貸借の開始時期により賃料にかなりの格差があり、また、地代家賃統制令の適用のあった建物については、地域により、従前賃料が一般の賃料水準と対比して低めに抑えられてきたことから、同令の失効により次第に右水準に近づくべきことが考えられるものの、一時に急激な変更をすることは相当ではない。以上の点に照らせば、適正賃料算定に当たり、右比準賃料をそのまま採用することはできない。

3 次に、前記昭和二五年以前に建築された建物の平均実際家賃も右算定の一資料とはなるが、本件賃貸借との類似性からすれば、<書証番号略>によって認められる前記建設省住宅局の調査による東京都区部の昭和二五年以前に入居した借家の平均実際家賃790.8円(一平方メートル当たり)が、より参照されるべきものである。そして、右家賃に時点修正(<書証番号略>によって認められる東京都区部の昭和六一年と六二年の家賃指数の比率による。原審鑑定における修正率とほぼ同一である。)と原審鑑定における本件建物の住環境を考慮した修正(一〇〇分の一三〇を乗ずる。)を行って算定した賃料は、次のとおり一か月四万九八九〇円である。

ただ、昭和二五年以前に入居した賃貸事例は少ないことから、<書証番号略>によれば、建設省住宅局が昭和六三年末ころ調査した、地代家賃統制令の適用のあった建物のうち昭和六二年一月以降に値上げがなされたものの値上げ後の平均家賃は一平方メートル当たり849.3円であり、これに前記修正率一〇〇分の一三〇と本件建物の床面積を乗じた一か月賃料は五万二〇〇二円であること、前記昭和二五年以前建築建物の平均実際家賃を修正した賃料額も一部考え併せると、昭和六二年九月一日時点の賃料は、一か月五万二〇〇〇円をもって相当とする。

4 被控訴人は、昭和六二年九月一日時点の賃料は、八万三〇〇〇円が相当であるとするが、原審における前記鑑定の結果のほかには、これを認めるに足る証拠はなく、右に述べたところのほか、公租公課の増額の程度(なお、<書証番号略>によれば、東京都の条例により、昭和六三年以降本件建物敷地の都市計画税の額は前年の約二分の一に軽減されている。)に照らせば、右のような大幅な増額は不相当というべきである。

六控訴人らが請求原因8のとおり賃料の支払ないし供託をしたことは、当事者間に争いがない。

そこで、前記認定による昭和五八年一〇月一日から昭和六二年八月三一日までの賃料額三万五〇〇〇円と右支払額等との差額は、右請求原因8のとおり合計五九万一〇〇〇円となり、その支払を求める被控訴人の請求は理由がある。

七以上のとおりであるから、原審における昭和五八年一〇月一日から昭和六二年八月三一日までの賃料確認請求を当審において交換的に変更した差額賃料の支払請求は、正当であるからこれを認容し、同年九月一日以降の賃料確認請求は、一か月五万二〇〇〇円であることの確認を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、右と一部趣旨を異にする原判決を変更し、被控訴人の請求を右の限度で認容してその余を棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 松津節子 裁判官 原敏雄)

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